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思い出話 H11.8.28. そして武道館のこと

天気:快晴


札幌から新千歳空港へ。そこから飛行機で関空へ。
さらに関空から電車を乗り継ぎ乗り継ぎ・・・
乗り継ぐたびに減ってゆく乗客。
すっげー行ってみたかった、初めて行く街。
この最高のタイミングでやっと行ける、初めて行く場所。
でも、だけど、ちょっと、心細いなぁ・・・
と、思いながら着いた終着駅。
前を歩く親子連れをふと見れば、小学校低学年くらいの男の子のリュックの横で揺れているのは
オレンジ色のタイツ姿のあの選手のキーホルダー。


わ~~~、地元だぁぁぁぁ~~~~~。


ホテルのロビーには、四方の壁に、大会ポスター。
チェックイン後にポスターを見てたら、フロントのおじさんが「もしかして、プロレス見にいらしてくださったんですか?!」と声をかけてくれた。
そうですと答えると、さっき書いたばかりの私の住所を二度見。
そして、
「遠いところわざわざ、小橋選手のために、ありがとうございます!!」
まるで親戚のように、深々と頭を下げられた。


ホテルに荷物を置いて、タクシーで体育館へ。
行き先を告げると、運転手さん、おもむろにこちらを振り向き、満面の笑みで
「お客さん!ボク、さっき小橋選手乗せたんですよ!そこ、さっきまで小橋選手が座ってたんですよ!!!」
会場に着くまでの数分間、たっぷりとプロレス談義。そして、観光案内。


開場時刻よりも1時間以上前に到着した体育館には、すでに何人ものお客さん。
駐車場には、いつもの見慣れた大型バス。
入り口横にはついたて。その向こうには、会場外でトレーニングする笑顔の選手たち。
の中心には、小橋。
ベイダーとのベンチプレス合戦は、見るからに、ありえねー重さ。すっげー。
でも、なんだかなんだか、楽しそう。


週末恒例の選手記念撮影会は、もちろん小橋と。
撮ってもらった写真を後で見たら、小橋の二の腕と私の顔の大きさが同じ。


「明るく楽しく激しいプロレス」プラス「三沢光晴カラー」だった頃の全日本プロレス。
その日の大会も捨て試合無し。
丸藤のシングル初勝利、という思いがけない場面にも立ち会えた。
そしてメインのタッグマッチでもちろん小橋。
いい試合だった。
その日が小橋の地元での初勝利だった、というのは、あとで週プロを見て初めて知った。


翌朝。
チェックアウト後、ホテルの方に呼び止められた。
「記念にどうぞ」と渡されたのは、昨日の大会のポスター。
貼らずにしまってあった分を、お土産にと、わざわざ。



いい思い出ばっかりだった、1泊2日。
H11.8.28. 京都・福知山
小橋建太(当時は小橋健太)選手の地元でのプロレス観戦。




あれから、いろんなことがあった。
あの頃は、まさか全日本が本当に分裂するなんて思いもしなかったし、その後、三沢があんな形で突然逝ってしまうなんて想像もしなかった。
この10数年の間に、たくさんの選手の怪我、病気、そして逝去。辛いことも聞きたくないゴシップもたくさんあった。
それでも、なんだかんだでずっとプロレスファンでい続けているのは、小橋の存在があったからだと思う。




そんな小橋が、引退した。
H25.5.11.日本武道館。


武道館には行けなかったので、大会翌日、録画を見た。
何から何まで、小橋らしい大会だったんだな、と思った。
団体の枠もなんもかも関係なく、あれだけの人達が集まったのは、小橋の人柄と、これまでの歩みがあったからだと思う。
そして、
小橋は、最後まで最高のプロレスラーだった。


テンカウントの前のインタビュー
「引退試合が出来なかった三沢さん」
という言葉に涙腺崩壊。





長い間、お疲れ様でした。
そして、プロレスの楽しさを教えてくれてありがとう。
小橋は引退しても、小橋が教えてくれたプロレスの楽しさ・おもしろさがあのリングの上にある限り、自分はプロレスファンでい続けようと思う。









というワケで
6.16(日)「みちのくプロレス 北見大会」見に行ってきます(^^)/

(ブログの最初と最後で内容が全く一致してなくて申し訳ないっす。まぁ、いつものことですが。)
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[ 2013/05/16 ] プロレス | TB(0) | CM(0)

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